−なんにいたせ、坂を上がって、池でも高いところだからね。それ上がって、ずーっと上がっていって、ずーっとまっすぐ山へ行っただ。これ、ここから坂になってんのね。それ、坂上がって行くと右っ側に畑があって、左っ側はこうずっと下がったりの山であったの。それずーっと行って、道行って、右っ側にあってね。確か道のへりで、こういう風に大きかったよね。池が。ー
山の上の大きな池。
高い山は切り崩され、大きな木を一本残して、山の上の池の器が消えた。
器が無くなった池の水は、木を目印に器を探し始める。
道を流れ、家を流れていく。
池の水は木を探し、小さなくぼみに辿り着く。
お婆さんの記憶の中に生まれる小さな池の器。池の水はそこに注ぎ込まれていく。
山を削って出来た新興住宅地の脇に、昔ながらの集落に下リていく坂がある。その坂を降りていき、押し車を押すあるお婆さんと出会った。私はお婆さんに、昔山の上に池があった話を聞く。お婆さんはまるで今もその池があるかのように、詳しく池までの道程を話し始める。決して辿り着くことのない池への道程。「戻って来れなくなったら困るから行ったことないの。」お婆さんは、池が無くなってから上に上がったことがないと言う。
お婆さんは、決して上がることはない坂の下で押し車を押す。